このページはネタバレが過剰に含まれています。
気を付けてご観覧ください。
2045、月より。プレイ感想【ネタバレ有】

桜月 調√

桜月 調ルートは、この近未来SFの世界観において最も「普通の女の子」と思える存在でした。幽霊が怖かったり、料理が苦手だったり、自分の信念のためにひたむきに動いたり──人間らしさが強く感じられるキャラクターです。だからこそ、彼女の物語は静かに、しかし確実に胸を打ちました。
両親を東雲に殺され、復讐を目的としていた調。しかしプレイしてすぐ、まさかの展開として東雲があっけなく退場。共通ルートではカリスマ的存在だったサイトーが注入されたこと?によっていきなり敵に回る展開はやや唐突に感じられました。
ただ、そこからの調ルートでは、神父を失った教会の後継問題や、サイトー亡き後のギャング団の抗争といった“その後”の現実にフォーカスされていきます。抗争を収めるため、かつての支配者であったサイトーを再起動するという選択──正直、こちらも設定にはやや強引さも感じましたが、彼女たちの選択が導く結末には、意味がありました。
復讐を果たせなかった調が、東雲の記憶と感情を引き継いだサイトーを「赦す」ことで復讐を終わらせるというラストは、とても良かったと思います。直接的な報復ではなく、赦しという形で答えを出すこと。それは調というキャラクターの強さと優しさを象徴するものでもありました。
サイトーとベッチーの相棒関係も印象的で、アンドロイドと人間の間に生まれた友情のような絆も垣間見えた。成程確かに友情も心だな。
このルートは、派手な展開や盛り上がりには欠けるかもしれませんが、調という一人の“普通の女の子”が、自分の人生にけじめをつける物語として、とても丁寧に描かれていたと思います。ヒロインの中で最も共感しやすいキャラクターでした。
日奈 ゆい√

日奈ゆいルートは、SF要素が一気に加速するまさに“異色”のシナリオでした。明るくてドタバタした天才ハッカーの彼女が、まさかクローンだったという事実が明かされたとき、物語は一気に重みを帯びていきます。
さて、SFらしくゆいは“クローン”という存在でしたが、現実世界では倫理的観点から人間のクローンは禁じられているそうです。そう考えると、このルートは“人間の尊厳”や“魂の継承”という深いテーマにも触れているように思います。
ゆい自身は、終盤でようやく自分がクローンであることを知らされますが、私が想像していたほどショックを受けている様子はありませんでした。それは彼女がすでに「日奈ゆい」という個人として、確かな人生を歩んできたからなのかもしれません。
私自身も、もし「お前はクローンなんだ」と告げられたら──案外、そこまで動揺しない気がします。生きてきた環境や人間関係が自分という“個”を形作っているとしたら、生まれ方は関係ないと感じるのかもしれません。
……ただ、やっぱり「何のクローンか」はちょっと気になるところですね。
物語終盤では、泪の幽霊と対話するために交信を試みるという、オカルト×SF展開へ突入します。謎の物質を用いて霊体を実体化させるという荒唐無稽な設定ながら、理屈を通した説明があることで妙な説得力を持っていました。
何より心に残ったのは、泪とゆいが“姉妹”のように言葉を交わす別れのシーンです。本来なら出会うことすらなかった2人。しかし、生きているはずだった存在(泪)と、生まれてしまった存在(ゆい)が、お互いの本心を語り合い、そっと手を伸ばし合う姿には言葉にできない感動がありました。一緒に過ごしたわけでもないのに、姉妹のように見える。不思議な体験でした。やはり“魂の共鳴”のようなものがあるのかもしれません。
日奈ゆいルートは、倫理や哲学、SF的な設定、感情の継承など、さまざまなテーマが複雑に絡み合う、非常に濃厚なストーリーでした。その中で、「生まれの意味」ではなく「生きた証」を描いた物語でもあり、クローンという立場から“人間らしく”に迫ったルートだったと思います。
エル√

エルは、本作の中でも最も印象的なキャラクターの一人です。アンドロイドという設定ながら、登場初期から人間のような自然な言動を見せており、感情がほぼ完成された存在として描かれています。最初から人間らしさを備えた彼女の姿は、プレイヤーにも強く印象を残すものでした。
しかし、調との過去編で語られる出会いのシーンでは、まだ感情に乏しい彼女の姿がありました。そこから現在に至るまでの間に、きっとお店の運営を通して多くの人と出会い、多様な経験を積み重ねてきたのでしょう。感情とは、記録や学習で得るものではなく、人と触れ合い、日々の営みの中で育まれていくものなのだと、エルの成長が静かに物語っていました。
本ルートでは、人間とアンドロイドの関係性に深く切り込んだテーマが描かれます。序盤で主人公・操が抱える「アンドロイド恐怖症」は、比較的早い段階で克服され、以後はゆっくりと惹かれ合っていく丁寧な恋愛描写が続きます。エルが少しずつ様々な感情を覚えていく過程が非常に魅力的で、特に彩夢に会いに行く操に嫉妬するシーンは、アンドロイドなのに嫉妬するかと思ったが、とても愛らしいものでした。
そんな二人の関係が深まっていく中で、突きつけられるのがアンドロイドの存在意義を巡る対立です。エルが願うのは人間との共存。しかしサイトーは、アンドロイドが人間と同等ではなく、上に立つべきだと考えている。この対立は、まさに「AIに感情を持たせた」ことによって生まれた価値観のズレであり、そのことが両者の決定的な分岐点となってしまったのだと感じます。
終盤では、東雲がまさかのラスボスとして復活。他ルートではほとんど空気のような存在だった彼が、ここにきて重要な役回りを果たすのは驚きでした。できればサイトーも含めて、3人で希望のある未来を迎えるエンドが見たかったという思いはありますが、作品のテーマ性を考えればこの構成も納得ではあります。
また、かつての仲間である彩夢・アニーの裏切りや、彩夢の過去が語られるのもこのルートの見どころ。人間らしさを持つエルに対し、道具であることに価値を見出していた彩夢の思想は、異端でありながらも一理あるものでした。その彼女を、かつて親友だった“ルナ”ことエルが命を懸けて救うという展開──ビルから落ちそうな彩夢をエルがかばうシーンには、父とのすれ違いや友情の回復がすべて詰まっていて、非常に美しい瞬間でした。
物語のラストでは、10年の時を経てエルが再び目を覚ますというアフターストーリーが描かれます。ただ正直に言えば、私はあのアフターは蛇足に感じました。アフター直前、アンドロイドであるエルが“理想の未来”を夢見る幻想的なシーン──あれこそが、この物語の集大成だったように思うからです。すべてを想像の中に残して終わらせた方が、静かで美しい余韻があったのではないかと感じています。
また10年後の描写では、しょうがないと思いますが、操やアニー、ゆうひたちがまったく見た目が変わっていなかったのも少し残念でした。時間の流れを描くなら、髪型や衣装に変化があっても良かったはず。そこだけが浮いて感じてしまったのも事実です。
最後にひとつだけ。エルの登場するパートでは、たびたび“料理”がモチーフとして描かれます。人間の営みを学ぶアンドロイドが、料理という行為を通して感情を育んでいく様子は微笑ましくもあり、見ているこちらまでお腹が空いてくるほど。
エル√は、“心を持つアンドロイド”というSF王道テーマを、戦いではなく「共感」と「想像」で描き切ったとても良いストーリーでした。
彼女の存在は機械ではなく、確かに感情がそこにあり、そして誰かを守り、愛し、別れを選ぶ。そんな一つの命の物語でした。
最後に
アンドロイドと人間の間にはどうしても寿命という超えられない壁がありますよね。物語の世界観はそのままに、もしそこに焦点を当てた後日譚や続編があれば、さらに深く感情に訴えかける作品になるのではと感じました。
また、一部ではハッキング関連の設定に対して「少しご都合主義では?」という声もあるようです。ですが、私自身はそういった専門知識に疎いので、「へぇ〜カッコいいじゃん」くらいの軽い感覚で楽しめてしまいました。雰囲気で楽しむ派の私にはちょうど良かったのかもしれません。
個人的に、エロゲをプレイする時のスタンスとして「細かいことは気にしない」ことを大切にしています。あまり理屈っぽく考えすぎると純粋に物語に没入できなくなってしまうので、気になるところがあっても“楽しんだ者勝ち”かなと。
そしてこの作品、美しく描かれた未来の世界観と、あくまで“実現可能性がゼロではない”と感じさせるSF設定が絶妙にマッチしていて、私は最後までワクワクしながら楽しむことができました。
